勇気について ⑤
「雰囲気」
アドラーは「雰囲気」という言葉を使って話をしましたが、これは、私たちの言うところのとの「手段」のことです。
子育ての雰囲気は、大きく三つに分けて以下のように整理します。
・独裁的(autocratic)な育児
人類がついこの間まで伝統的にやってきた育児の方法です。家の中では大事なことを決定する人が決まっていました。例えば、大事なことはお父さん(家長のおじいちゃん)が決めるやり方です。今では考えられないこともお父さんが決めました。例えば、結婚相手や仕事は子どもの意志で決めることができませんでした。その時代は、世間も子どももそんなものだと文句は言いませんでしたが、現代の子どもはもう受け付けなくなっています。
このこと自体問題ですが、この方法のさらに問題となるのが賞罰を手段として使われることです。賞罰の問題点についてはここをご覧ください。
・民主的(democratic) な話し合う育児
アドラーが進めようとしたこの育児です。
民主主義を”多数決で決める”と同視する向きもありますが、アドラーが言いたかったのは、”決めるための民主主義”ではなく、プロセスの”話し合うこと自体の力”に注目した育児です。詳しくはここをご覧ください。
・放任的(laissez-faire)な育児
これまで伝統的に使ってきた独裁的育児は、現代の社会に合わず衰退していきますが、かといってアドラーの考えた勇気づけ(話し合い)に基づく民主的育児にはなりませんでした。
伝統的な育児は、今の世の中においては、方法は受け入れられないと思いますが、それでも教えようとする価値は明確に存在しました。
ところが、現代では価値が希薄になり、大きな物語を失い、目先のことに終始する育児に陥ってしまっています。
例えば、「世の中に役立つ力を付けるために勉強するのだぞ。」なんて言う親はもういません。それに代わって、「あなたがやりたいこと楽しくできれば幸せだ」と教えます。そうして、これまでの多くの価値は家庭から消えていきました。
したがって、子どもに何を教えようとしているのか、親もよく分かってない状態になりました。人間の価値が希薄になると、判断基準も曖昧になりますので、価値が外部からどんどん侵入してくることになります。これは困った事態です。
勇気づけの方法 ⑥「アドラーが目指した話し合う育児」