不登校臨床 ① 神経症的策動

 「神経症的策動 neurotic maneuver」というものがあって、ある言い回しをすると、言い分が簡単に通ってしまい援助者も一緒に泥沼化することがある。どうしてそうなるかについて、かつて野田先生は、「世間がそういう言い方を許容するからです。」とおっしゃっていた。先生の分析はかなり含蓄がある。

 不登校さんが「学校へ行きたいのですが、○○があるから行けないのです。」と言うと、あるカウンセラーは「そうですか。それは大変ですね、」とは言う。そして、世間の風潮も追い風に、かわいそうな不登校さんを支えると方針を立て、”○○”の解決に力を貸す。でも不登校さんは、○○がよくなると、「○○もそうなのですが、実は△△もあるのです。」となる。この辺で気付けばよいのだが、周りの大人(親、教師、あるカウンセラーなど)はこの○○や△△を解決することが不登校の解決に繋がると錯覚して迷走する。
 まずいことに、この策動に巻き込まれやすいタイプがある。あえてそのタイプは言わないが、一般の人は受容と共感、弱者救済と疑わず、学校は立場とシステム上の事情があってこの話に乗りやすい。
 
 本格的な神経症の方は、もっと筋金が入っている。「この症状さえなくなったら、仕事ができるのに。」と言い続け、治療者は永遠に「早くよくなるといいですね」と言い続ける。この構造になると、神経症者は非生産的な生活を続けながら、世間と自分自身を欺き続ける。そこに親などからの経済的援助や、あるいは社会保障がからむと、いわゆる二次的疾病利得が生じて、神経症が主たる収入源になってしまうことになる。こうなった神経症はまず治らない。
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 子どもの不登校もよく似た構造になることがある。お子さんの神経症的策動が酷いときは、専門家の領域です。ご家族だけで対応なさらず当所にご相談ください。
 それに対して、「ぼくは学校に行きたくない。だから、休む。」という子は上記より格段に見込みがあります。このタイプも一度ご相談ください。